1997年1月23日生
土岐紅陵高校→中部大学卒
岐阜県出身
𝕏(西村知也)
https://x.com/nishimura_spz
Instagram(Sports Zone沖縄事務所)
https://www.instagram.com/sportszone_okinawa
皆さん初めまして。
Sports Zone入団しました
西村 知也(にしむら ともや)と申します。
簡単に自己紹介します。
好きな食べ物は、チキン南蛮。
好きなアーティストは、Mr.Children。
好きな言葉は、ありがとう。
私のスポーツ遍歴は以下の通りです。
・サッカー(幼稚園児〜小学5年生途中)
・野球(小学5年生途中~中学3年生)
・卓球(高校1年生~同3年生)
当時の私はそれぞれの競技をそれぞれ違った目的でプレーしていたことに改めて気づくことになります。
サッカーはただ無邪気にボールを追い、
野球は自分の役目を全うすると心に決め、
卓球は勝負に勝つために試行錯誤していました。
今振り返ると非常に密度の濃い時間たちでした。
次に、私の地元を紹介させてください。
生まれは、岐阜県多治見市です。
名産品は美濃焼とタイル。名物はうなぎ。
2007年夏には、当時の日本最高気温40.9度を記録しました。
それから数年間、8月になると駅前には東海圏のテレビ局が取材に来るなど少しばかり有名になりました。
そんな夏が暑い地元多治見市を飛び出し、
年中暑い沖縄県へ。
沖縄に友人はいない、沖縄の土地勘も分からない。
人生で飛行機搭乗が3度目の私が何故沖縄県に来たのか。
それは、
スポーツを自分の声で届けたい。
実況アナウンサーになりたい。
その想いがあるからです。
私がどのような経緯で
スポーツの魅力に感化され、
実況アナウンサーに憧れたのか。
理由は大きく分けて、2つあります。
1つ目は、2007年中日ドラゴンズ日本一。
こちらはスポーツの魅力に感化されたきっかけです。
習っていたスポーツをサッカーから野球に切り替えた時期、
その年プロ野球ではセ・リーグで初めて導入されたプレーオフ制度
クライマックスシリーズがまさに行われてました。
当時、一緒に住んでいた祖父の影響で中日ドラゴンズの試合を何気なくテレビで観ることが多かったのですが、このクライマックスシリーズでの鮮烈な5連勝も祖父と一緒にテレビ観戦してました。
そして日本シリーズでも勢いは止まらず、あれよあれよのうちにパ・リーグ覇者北海道日本ハムファイターズを4勝1敗で破り球団53年ぶりの日本一達成。
皆さんご存知の通り、山井大介・岩瀬仁紀の完全リレーのおまけ付きでした。
あのシーンももちろん祖父と観戦。
最後のアウトが決まった瞬間、もっと詳細に言えば一塁手タイロン・ウッズのミットにボールが収まろうという瞬間にテレビ画面手前、すなわちスタンドから舞うように投げ入れられる紙テープ。
その僅か数秒後にはマウンド上に流れ込む選手の面々。
当時の私の気持ちを思い返して代弁すると、大の大人がここまで抱き合い喜ぶのか、と。
そして目の前で起こった日本一達成の偉大さを分からないながらも祖父と顔の前で大きく手を何度も叩き合い喜んだ記憶があります。
「プロ野球」という素晴らしいスポーツの存在に気づいた瞬間でした。
余談ですが、
小学5年生の時の誕生日プレゼントは、
中日ドラゴンズ球団公式DVDである「日本一の軌跡」。
小学6年生の時の誕生日プレゼントは、
漫画ドカベンプロ野球編第1巻~第20巻まで。
20巻で満足いかなかった私は、誕生日の2日後には親に頼み込み20巻目以降の漫画本を買ってもらいました。
あの頃から私はプロ野球の沼にハマっていました。
どちらも何度も見返し何度も読み返しました。
今でも勿論プロ野球は大好きで、昔のセパ順位や選手の成績や記録などを暗記しています。
咄嗟にクイズを出題されたら答えられる自信は誰よりもあります。
では、理由の2つ目。
親友の死です。
私には小学3年生からの仲だった親友がいました。
同じクラスになり出席番号が連続し席が前後で近いこともありすぐに彼とはすぐに仲良くなり昼休みも下校も一緒に過ごすことが多かったです。
私が小学5年生途中から始めた野球を、彼は一足先にチームに入団していてプレーしていました。
お互いに控えながら練習から切磋琢磨し取り組んでいたことを今でも覚えています。
彼とは中学と高校も同じ学校に進みました。
中学時代は私が野球部、彼がバドミントン部。
部活はそれぞれ違いましたがクラスが同じになる事もあり、時間割を毎日書く手帳の表紙にはお互い好きな球団の選手応援歌をとにかく数多く書いていました。
自分たちなりのデコレーション。
ちなみに私は中日ドラゴンズ。彼が福岡ソフトバンクホークス。
今でも忘れることはない話です。
2011年福岡ソフトバンクホークスがパ・リーグ優勝を決めた試合を彼の家で一緒に観戦してました。
その時に初めて話した将来の話。
“俺、こういう中継の喋る人やりたいんだ”
不意に漏らした本音に彼は、純な態度で、
“いいじゃん!お前が中継で喋ってるの見たい!”
“もしなったらサイン俺が1番に貰う!”
なんの曇りない笑顔で返してくれた彼は、
中学卒業の時も、高校の進路説明会も、
私が大学進学を決めた時も、成人式の当日も、
“アナウンサーになれよ”と力強く背中を押してくれました。
しかし、24歳の時。
彼は突然亡くなりました。
私への思いを託したまま天国へ旅立ちました。
“あいつのために絶対アナウンサーなろう”
その日から強く胸の内に秘めていた分、様々な縁があり沖縄の地でスタートラインに立てていることが非常に嬉しいです。
天国から見ているであろう彼に最高の報告ができるよう、いつまでも彼の気持ちに応えていこうと思います。
そして早速先日、沖縄配信LIVE企画様の現場に同行させていただきました。
「令和7年度 第37回沖縄県特別支援学校体育大会」の生配信。
沖縄上陸し初現場。
非常に緊張しましたが、沖縄配信LIVE企画代表仲本様の優しさに救われ楽しく1日を終えることができました。
私が実況にかける思い。
「熱狂する瞬間1つ1つに彩りを添える」
ゆくゆくは実況アナウンサーを目指していくことにブレはありません。
しかし、配信や放送をするうえで様々な業務が絡んでくるのは当たり前です。
実況アナウンサー1本では分からない部分のスキルも自ら学び、様々な場面でスポーツそのものに自分なりの彩りを添えられるよう、今後のアナウンサー人生に活かしていけるよう沖縄でコツコツと積み重ねていきます。
𝕏とInstagramを同時開設しました!
そこには沖縄での奮闘を記していきますので目を通していただけると幸いです!
今後とも、Sports Zone西村知也をよろしくお願いします!
